書くことは、分からないことを理解し、自分自身の輪郭を捉えるための不可欠な行為である。文筆家の土門蘭は、誰にも見せない日記を書き続けることで、社会や他者に飲み込まれそうな自己を確立し、安心して生きるための足場を築いている。本当のことを書くためには、借り物の言葉ではなく、身体を通した体験や世界との摩擦が必要であり、それは自己を受け入れ、許し続ける修行にも等しい。また、書くことは自己対話であると同時に、他者との対話のきっかけにもなる。効率性やコスパを求める現代において、あえて寄り道をし、摩擦を恐れずに世界を感じることは、自分という謎を解き明かし、より自由に生きるための重要なプロセスである。
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